店までの道のりもすっかり完璧に覚えた数回目の来店、やや急な地下への暗い階段も、すらすらと降りられるようになっていた。
一段降りる度に、ベルトに着けたボールがカタカタと鳴る。
それと同時に、自分の胸もトクトクと小さな楽しみで脈打つ。
少し重めの扉をぐっと開き、痛い程の色をした照明に目を細める。
中から聞こえる、気さくな挨拶と、自分の名前を呼ぶ声。
そして、足元でぴょんぴょんとはねる真っ赤な花を撫で、席へ通された。
「おかえりぃ~」
『おかえり!おかえりー!』
「はは、ただいま」
スタッフの青年からおしぼりを受け取る。
「ボトルとぉ・・・ソーダでいいよねぇ?」
「いいよ、ありがとう」
そんな会話をしている間もまだ足元ではねまわっている花、ラフレシアは、この青年、セレンの手持ちポケモンだ。
『しゃべれるやつ!しゃべれるやつー!』
この子はいつも元気だ。無邪気でかわいいと思う。
「オード、だよ」
にこっ、と目を見て話しかける。
『オードー!オードー!!』
更に嬉しそうに、くるくると回ったりしている。
『覚えたよ!オード!』
「よしよし、えらいね」
優しく頭を撫でると、聞いていたセレンが
「何て言ってるのぉ?」
と興味深そうに首を傾げる。
「あぁ、俺の名前をやっと覚えてくれたそうだよ」
「へぇ、えらいねぇ」
そう、俺以外には、この子の言葉が理解できていない。
俺は生まれた時から理解できたので、人と違うなんて事も、物心つくまでは知らずにいた。
しかし幼少期、友達の母親達には、あの子は少しおかしいから、一緒に遊んではいけない、そんな声を何度も聞いた。
更に、友達のポケモンを見せてもらった時、『いじめられているの、たすけて』とポケモンに言われ、とてもショックを受けたりした。
当時、自分には何もできなかった。それを今でもすごく悔いている。
年の離れた弟ができたが、ポケモンの“こえ”を聞けるのは俺だけのようだった。
ずっとコンプレックスだった。
周りが言う通り、自分はおかしいのだと思った。
しかし両親は、それは人とポケモンとを繋ぐ力、あなたは選ばれた人間なのだと言い、支えてくれた。
両親はとにかく大切にした。
家事の手伝いも進んでやった。
しかし今までの傷は忘れられず、誰にも文句を言われない人間にならなくてはと思った。
そこで俺は、完全に選択を誤った。
たてつく者みな蹴散らしていった。
気付いた頃には喧嘩番長。
自分を認めてくれる奴らと思っていた人間皆、認めていたのは喧嘩の強さ。
何の解決にもなっていなかったと気付いた時、俺は足を洗い、姿を消した。
まだ小さかった弟にも、知られたくはなかったし。
俺の為に色々考えてくれていた両親の話で、ポケモンソムリエ、ポケモン翻訳者の存在を知った。
世界を飛び回り、悩めるトレーナーとポケモンの話を聞き、考え、アドバイスをして絆を深める、やりがいのある仕事。
俺は迷わず家を飛び出した。
それからの生活は至極充実していた。
人とポケモンと触れ合う毎日、各国を飛び回り新しい物を見る。
住所不定の身ではあるが、今は『おかえり』と言ってくれるセレンの居るここが、俺の帰る場所だと思っている。
折り合いをつけた今、この能力を持っていてよかったと思う。
「はいソーダ割ぃ~。何にやにやしてるのぉ?」
「にやにやはしてないよ」
「そぉ?」
『オード!あそんで!!』
「おっ、いいよ、何したいんだ?」
『鞭ー!!!』
「!? ちょっとセレンさん・・・?話が・・・」
「?」
今日も、人とポケモンとを、俺は繋ぎゆく。